プラットフォームでは順調に売れている。紹介でも仕事は来る。それでも、来月の売上は毎回ゼロから積み上げ直している。この状態が続くのは、売り方が悪いからではなく、売った相手が手元に残っていないからです。
顧客が残っていれば、次の案内は届けられます。残っていなければ、次も同じ費用と手間をかけて新しい人を探すことになります。この記事では、公的な調査で販路開拓の実態を確認したうえで、手元に残すべき情報の範囲、集めるときに守る約束ごと、最初にやることを順に整理します。
販路の開拓は、開業してからも残り続ける
日本政策金融公庫総合研究所の「2025年度新規開業実態調査」(調査時点は2025年8月、回収数2,165社)では、開業時に苦労したこととして「資金繰り、資金調達」が56.9%で最も高く、「顧客・販路の開拓」が49.9%で続きます。
注目したいのは、その後です。同じ調査で現在苦労していることを見ると、「顧客・販路の開拓」が48.8%で最も高く、「資金繰り、資金調達」は36.2%に下がります。資金の悩みは開業時をピークに下がる一方、顧客をどう見つけるかの悩みは、ほとんど下がらないまま残ります。
この差は、資金調達が一度片づく種類の問題であるのに対し、新規顧客の獲得が毎月繰り返される作業だからです。繰り返しの負担を下げる方法は2つしかありません。新規を取る効率を上げるか、一度取った顧客にもう一度買ってもらうかです。後者を可能にするのが、手元の顧客リストです。
一見客とリピート客を分けるのは「もう一度届けられるか」
同じ人が2回買ってくれたとしても、こちらから次の案内を届ける手段がなければ、3回目が来るかどうかは相手の記憶次第です。事業の側から見れば、それは毎回新規と同じ扱いになります。
リピート客と呼べるのは、次の2つがそろっている相手だけです。
- 連絡先が手元にある
- 連絡してよいという同意がある
片方でも欠けていれば、届けられません。「常連さんが何人かいる」という感覚と、「何人に案内を送れるか」という数字は、別のものです。まずは後者を数えてみてください。想像よりかなり少ないのが普通です。
手元に何が残っていないかを確認する
プラットフォームや仲介サービス経由の売上について、次を確認してください。
| 確認すること | 残っていない場合に起きること |
|---|---|
| 購入者へ直接連絡できるか | 新商品も再入荷も案内できない |
| 誰が何をいつ買ったかを自分で取り出せるか | 誰に何を勧めるべきかが決められない |
| 手数料率と表示の条件を自分で決められるか | 利益率と露出が相手の都合で動く |
| 契約が終わったとき顧客が残るか | 販路を失うと同時に売上がゼロになる |
いちばん下の行は、代理店として他社の商品を売っている場合や、特定の1社から継続的に仕事を受けている場合にも当てはまります。売上の出どころが1つで、その1つが自分の管理下にないなら、契約終了と同時に事業が止まります。
なお、匿名で取引するプラットフォームから顧客の連絡先を勝手に取得することは、規約で禁じられている場合が多く、してはいけません。取れるのは、顧客が自分の意思でこちらの案内に登録した場合だけです。同梱物や納品物のなかで、登録すると受け取れるもの(使い方の説明、メンテナンスの案内、次回の割引など)を示して、登録の入口を置く形が現実的です。
自社の入口を作る手順そのものは、紹介頼みをやめる受注導線の作り方で整理しています。この記事は、その入口を通った人をどう残すかの話です。
手元に残す情報は、この4つで足りる
リストを作ろうとすると、項目を増やしたくなります。しかし、最初に必要なのは4つだけです。
- 連絡先(メールアドレスなど、こちらから届けられる手段)
- 最後に買った日
- 買ったもの
- どこから来たか(入口の別。紹介、検索、プラットフォーム、イベントなど)
この4つがそろうと、「3か月買っていない人」「同じ商品を2回買った人」「紹介から来た人」といった切り分けができます。切り分けができれば、誰に何を送るかを決められます。決められるところまで行けば、リストは使えます。
逆に、年齢や職業や趣味の欄をいくら増やしても、送る相手を決める材料にならなければ意味がありません。保管することが目的ではなく、送る相手を決められることが目的です。ツールを入れてもリピートが増えないのは、たいてい保管で止まっているためです。
作業としては、表計算ソフト1枚から始めて構いません。件数が増えて手作業が追いつかなくなってから、ツールに移せば足ります。移す前に、記録する項目と、記録するタイミングを手順として書いておくと、後から取り違えが起きません。手順の書き方は業務標準化マニュアルの作り方と同じ考え方です。
集めて使う前に済ませておく約束ごと
顧客の情報を扱う以上、守るべきルールがあります。件数が少なくても対象になります。
個人情報保護法
個人情報保護委員会は、個人情報取扱事業者が取り組むこととして次の4点を挙げています。
- 取得・利用:利用目的を特定して、その範囲内で利用する。利用目的を通知または公表する
- 保管:漏えい等が生じないよう安全に管理する。従業員・委託先にも安全管理を徹底する
- 第三者提供:第三者に提供する場合は、あらかじめ本人の同意を得る。原則として一定事項を記録する
- 開示請求等への対応:本人から開示等の請求があった場合はこれに対応し、苦情等にも適切・迅速に対応する
利用目的は「できる限り特定しなければならない」とされており、本人が一般的かつ合理的に予測・想定できる程度まで具体化する必要があります。「サービスの向上のため」のような書き方では足りません。新商品の案内を送るつもりなら、そう書いておきます。
実務としては、登録フォームの近くに利用目的を書き、同じ内容を自社サイトの分かる場所に掲載しておくことになります。
特定電子メール法
広告や宣伝を目的としたメールには、別のルールがかかります。総務省の解説によると、特定電子メールの送信の適正化等に関する法律は、平成20年12月1日の改正でオプトイン方式を導入しました。あらかじめ送信に同意した相手に対してのみ、広告・宣伝・勧誘を目的としたメールを送れる仕組みです。
同時に、次のことが定められています。
- 送信を求められたこと、または同意があったことを証する記録の保存
- 受信者の端末に、送信者の氏名または名称と、受信拒否の通知を受けるための電子メールアドレスなどを表示すること
- 送信者に関する情報を偽って送信してはならないこと
実務に落とすと、次のようになります。登録フォームに「新商品やキャンペーンの案内を送ってよいか」のチェックを置き、チェックの有無と日時を記録に残す。送るメールには自分の氏名または屋号と、配信停止の連絡先を必ず入れる。名刺交換やイベントで集めた連絡先も、同意なく広告メールを送ってよいことにはなりません。
この2つを最初に整えておけば、後から件数が増えたときに作り直す必要がありません。
リストを「死に金」にしないための最初の一歩
連絡先はあるのに一度も使っていない、という状態はよく起こります。使わない理由は、たいてい「何を送ればよいか分からない」です。
最初に送るものは、売り込みでなくて構いません。買った人が次に困ることへの答えを1通送ってください。使い方、手入れの方法、よくある失敗の避け方。これなら、書く材料は手元にあります。
そのうえで、次の3つを決めます。
| 決めること | 決め方の例 |
|---|---|
| 送る相手 | 最後の購入から3か月経った人 |
| 送るきっかけ | 購入から30日後、季節の変わり目、再入荷時 |
| 送った後に見る数字 | 開封されたか、返信や再購入があったか |
3つ目が抜けると、続けるかやめるかの判断ができません。反応が薄ければ、送る相手か中身のどちらかを変えます。数字を見ずに回数だけ増やすと、配信停止が増えてリストが痩せていきます。
顧客の情報が手元にたまってくると、どの入口から来た人が長く続けているかも見えてきます。入口ごとに継続の度合いが違うと分かれば、広告や紹介にかける費用の配分も、感覚ではなく実績で決められるようになります。
つまずきやすいところ
ツールを先に選ぶ
何を記録し、誰に何を送るかを決める前にツールを選ぶと、操作の習得だけで止まります。表計算ソフトで運用してみて、手作業が限界に来てから移すほうが、結局早く回ります。
同意のないリストを使ってしまう
過去の取引先や名刺の山から一斉に案内を送るのは、特定電子メール法のオプトインの考え方に反します。まずは同意を取り直す案内から始めてください。件数は減りますが、使えるリストになります。
プラットフォームをすぐにやめようとする
顧客リストを持つことと、プラットフォームをやめることは別の話です。プラットフォームは新しい人と出会う場として残しつつ、出会った人を自社側に残す導線を足す。順番を逆にすると、売上が先に落ちます。
回す時間と資金がない状態で始める
案内を作って送り、反応を見て直す作業には時間がかかります。その時間を空けるには、手を動かす仕事を減らすか、渡せるものを渡す必要があります。渡し方は外注で失敗しない進め方で整理しています。
顧客リストは、集めた件数ではなく、いま案内を届けられる人の数で測ってください。届けられる人が増えるほど、来月の売上をゼロから作る割合が下がります。まずは4つの項目を記録し、利用目的と同意の取り方を整えるところから始めてください。



